纒向遺跡で墓域を確認 社会階層を反映か
11月6日(月) 18時42分

 3世紀の邪馬台国との関わりが注目される桜井市の纒向(まきむく)遺跡の発掘調査で、新たに方形の墓などが見つかりました。当時の社会にすでに明確な階層があったことを示す発見として注目されます。

 纒向遺跡ではこれまでの調査で計画的に配置された3世紀の大型建物の跡が見つかり、邪馬台国の宮殿の可能性が指摘されています。今回、調査が行われたのは大型建物の南、およそ220メートルの場所で溝に囲まれた方形の墓が少なくとも3基、新たに確認されました。出土した土器から古い墓で3世紀前半、新しい墓で3世紀後半までに造られたとみられます。これらの墓の西側では3世紀前半から中ごろに築かれた全長28メートルの前方後方墳「メクリ1号墳」などが確認されています。これらの多くは大型建物と存在した時期が重なっており、調査した纒向学研究センターでは一帯を「メクリ1号墳」を中心に支配層と、血縁関係者などを葬った墓域(ぼいき)と見ています。纒向遺跡の墓域では西側に全長100メートルクラスの最も古いタイプの前方後円墳が点在、南には卑弥呼の墓とする説がある巨大前方後円墳「箸墓(はしはか)古墳」などがあり、これらは大和王権の始まりと密接に関係していると考えられています。その中で今回、異なる形と大きさの墳墓の集まりが確認されたことは当時、すでに王権の中でも階層が存在していたことを改めて示す史料になりそうです。

纒向学研究センター・寺澤薫所長「もっと新しい律令国家になったら太政大臣とか、たくさんランクがある そこまでではないにしても、それと同じようなことが、3世紀に始まっているということ 元々、王権を支えていた連中が前方後円墳を築造できたけど、あとから参入したり、制圧されたりした連中は前方後方墳になった、階層を考えたときにそういう背景を考えても良いのではないか」

 なお、現地説明会は今月11日午前10時から午後3時まで行われます。