平城京南方遺跡 都の西側で道路の遺構確認
6月8日(金) 18時27分

 奈良時代の都=平城京の南の端とされる九条大路の更に南に、十条の区画があることが、これまで都の東側にあたる地域で確認されていましたが、このほど西側でも確認されました。

 過去の発掘調査で、条・坊と呼ばれる道路で区割りする都の造りが、それまで都の南の端と考えられてきた九条大路のさらに南に整備されていたことが分かっていました。当時の調査は都の東、いわゆる左京があった区域で行われたもので、さらに範囲を特定するため 右京区域でも調査が続けられてきました。去年と今年の調査では、道路の位置や道幅といった特徴が平城京の中の道と同じことが確認されたほか、一度整備された道が、まだ平城京が都として使われているうちに埋め戻されたことが分かりました。このことから調査にあたった大和郡山市教育委員会では都の造りやあり方を試行錯誤していたのではと話しています。

ޗǃer@LINEAJEg